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S翁の教え(20)

12.えべっさん

戎神社の向いてる御神体の方向は六甲山なんですよ。北にきちっと向いてるんです。

ー神社の向いてる方向ってどういう意味があるんですか?

神社は氣が降りてくる光の方向に向かってるんです。

 

13.坐摩神社(イカスリ神社)

本殿が唯一西に向かってる神社が1つだけあるんですけど、ものすごい珍しくて。それが大阪にある坐摩(イカスリ)神社の中の火防陶器神社(ひぶせとうきじんじゃ)です。

元々は大阪城の場所が坐摩神社の御神体だったんです。

神武天皇陛下が神戸から出発して、住之江に行く途中で上陸したところがイカスリ神社のあった大坂城の所だったんです。天皇陛下がちょこんと座ったのを坐摩いうんです。それが神社の由来なんです。

言霊では全部残ってんですけど、皆漢字に当てたり色んなことしたんで、ごちゃごちゃになちゃったんです。

地車の元も実は、神武天皇が六甲山で国を作った時からで、その後大阪の坐摩神社のあった所に上陸して向こうに伝わったんです。

 

14.大坂城

大阪城は元々ピラミッドだったんです。

坐摩神社は大阪城のとこにあったのに、豊臣秀吉が城作るから退けいうて、どかしたんですよ。そしたら豊臣家全員根絶やしになったでしょ。ああなるんですよ。

徳川 2 代目の秀忠が最初一応大阪城の城主に一回だけなるけど、その後 260年間徳川は、大阪城に長子を置かんかったんです。神様ごと知ってるから徳川は賢いですよ。それはちゃんと様子聞いてたからです。徳川家は本当に丁寧にこういう神様ごとをものすごいピシッとやってた。

大阪歩き回って図書館行ったらね、日本人が知らなかった戦国地図いうて、 地図みたいな面白い本が出てきたんですよ。図書館でコピーしてきたんだけど、これが今の大坂城の所にあった石山本願寺で信長 11 年間戦ってたの。それ石山合戦いうのね。そのあとで信長は滅びていくんですね。

その10 年後今度は秀吉の時代になるんですけど、その時秀吉は攻め方知ってるから、海賊使うて、この辺どんどん逃げていくんですよ。最後和歌山の雑賀崎サイガサキまで行って、 そこで和解するんです。

石山本願寺のあったとこに秀吉が城作る予定だから、寺は分室やった京都に本願寺を移したんです。

 

15.聖徳太子

神様の土地いうのは元々天照の光を下ろしてたところです。天照の代わりに阿弥陀さんいうて神道の神様の名前を全部変えていったのが聖徳太子なんです。聖徳太子は神道を否定したわけじゃない。

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