⑥奥住吉神社
2800年前日本列島作りますいうて神武天皇がお祈りした場所今もちゃんとありますよ。奥住吉神社のところです。昭和13年の阪神風水害の後にその祈り場が出てきたんですね。
ほんで改めてここに神社を建てたんですよ。
それにあたって生命保険会社を作った家のご自宅がこの下にあったんやけど家の中ガタガタでしてね。人のお金集めて食うてると因縁ごと皆もらうんで一族皆鎮まらないんです。それでそこのおばさん困ってね、僕の師匠のところに行きおって。ほんで師匠の指示でを私財をはたいてそこを整備して奥住吉神社のお宮を作ったんです。
僕、来年でここ9年になるんやけど、こっち来た時えらいとこに来たなと思ったから、雨が降ろうと何降ろうと、毎日あそこに清めに行って祈り倒してたんです。毎朝虎の刻 4 時 5 時起きて、奥住吉神社お参りに来てたんです。良いとこです。
今は本住吉神社が奥住吉神社の権利者になってる。
元々の国づくりはこっから始まったので、本住吉て名前になった。
神武天皇陛下がここ来たこと皆知ってるんで、神功皇后、(仲哀天皇の妻、応神天皇陛下の子)もここに来た…
⑦出口王仁三郎
大本教作った出口王仁三郎さんもそのこと知ってたから、皆ここ来てんです。
ーえ!
はい。もう皆さん後にできた奥の院までちゃんと来てるんです。弟子何人かと共に六甲山に挨拶にきてるんです。神からの光を地上に広めるためにここに来て、フーチでアマノヌボコの光を下ろしてます。
ーわー!すごい! そんな重要な話全然表で言われてないですね。翁はこのこと、こちらに来てから知られたんですか?
うん。 僕本が好きだったもんで、祈り倒して図書館で調べ出したら、どんどん大事な情報が次から次へと出てきてしもうて。
出口王仁三郎と一緒に来た1人が荒深道斉いう方で、西宮の廣田神社の参道に戦前から住んでた方です。その人は霊的な女の子を前にして、向こう側の世界の事どんどん調べて書き出してたんですね。
たまたまその本を見つけたの。びっくりして見たら日本語じゃないんですよ。
僕は本は原語で読むの。とりあえず何回も読んでたら分かってくるんですよ。僕の本の読み方はそうなんですね。どんどん読んでいくと、だんだんだんだん分かってくる。ほんで見てたら、なんのことはない、ここで神武天皇が日本の国をを始める意志をしたいうこと分かって。
だから名だたる宗教の創始者は全部ここ来てるんですね。
王仁三郎の一番の弟子やったのが谷口雅春さんいうて、その人、後で生長の家っていうの作ったんです。
本住吉神社の石灯籠が阪神大震災で、どんと倒れたのを新しくしたのは生長の家ですわ。谷口さんも知ってるんでね。本住吉神社の石の鳥居見ると、ちゃんと生長の家って書いてある。